Little AngelPretty devil 〜ルイヒル年の差パラレル 番外編

  “冬 至”
 


 そろそろ本格的な冬がやって来る。風は冷ややかだし、それが陰ればすぐさま寒さが染みてくる。陽が短くなり、あっと気がつくと外は真っ暗。

 「おらおら、ちゃんと重ね着しろよ。」

 家人への注意を怠らないお館様ご自身は、寸法に余裕のある衣紋の懐ろへ、小さな仔ギツネさんを掻い込んでおり。
「…そんな大きい袷
あわせ、ありましたっけ。」
「作らせた。」
「にゃは〜vv
 甘栗色の髪を後ろ頭へ高々と結った、2つか3つくらいの人間の坊やに見えて、実はふかふかもこもこな毛並みのくうちゃんだから。黒みの強いところがうるうるしている大きな瞳を にゃはvvと細めて、ご機嫌さんで収まってる笑顔も込みで。いかにも暖かそうな、真冬には無敵の完全装備。完全に“懐炉”扱いのくうちゃんの側もまた、

 「おやかま様、いいによい するですvv

 そりゃあ頼もしい術師の蛭魔の、威容というか存在感というかを感じ取ってのことだろう。懐ろに抱っこというこの態勢、結構 お気に召しておいでのご様子で。いつものお部屋、お庭に面した広間の中央、炭櫃の傍らに陣取って。柔らかなお砂のような灰の上、鈍色の火箸でほりほりと。簡単な字や咒の符号を描いては、天狐でもある小さな坊やへのお勉強としていたお二人だったが、

 「お館様、受領地からのお届けものですよ。」

 書生の坊やがとたとたと、廻り廊下をやって来る足音と、それとともに近づく…匂いにいち早く気がついて。
「…はやvv
 小さな仔ギツネさんが小鼻をひくひくと震わせたところから察するに、

 「海産物か?」
 「はい。若狭の領からのお届けものです。」

 あと、紀伊からも柑子が届いてますし、餅にレンコンに小芋に…と。全部は持って来なかった残りを、指折り数えての奏上する瀬那くんが。これだけはお味見していただこうと気を利かせて持参したのが、

 「いちゃーぼしっ!」
 「…くう語だと そうなるか。」

 身の肥えたアジを開いて、表面の水分だけ飛ばす程度に軽く干したもの。滋味豊かで しかもふっくら柔らかい仕上がりとなるのだが、保存食にはちと向かないので、地元や近隣の地でなくては味わえぬ逸品。そうです、仔ギツネくうちゃんの大好物の、
「アジとスルメイカの一夜干しですよvv」
 あ、くうちゃんはスルメ食べちゃダメだからね? うっvv それはそれは良い子のお返事をしての わくわくと、炭火の上、五徳に敷かれた金網に、なかなか大きなアジの開きとイカを並べる、セナくんの手際も慣れたもの。…でも、ねぇ。

 「…何だよ。」

 いかにも平安朝の貴族様のお屋敷の、侘
わびしや寂さびしの感も漂うお庭を望む、大広間の真ん中で。冬の色襲あわせも品のいい、錦の衣紋をお召しになられた、色白美貌の上達部様が。今年はバージョンアップしたらしく、自在鈎まで下がってる、どっから見ても立派な囲炉裏を前にして。真っ白なお餅程度ならともかくも、その上で開いたアジやスルメを炙ろうのと、いきなり庶民的なことをやっちゃってもいいものか。
「いーんだよ、別に畏
かしこまった客が来る家じゃなし。」
「そですよねvv
「何の足しにもならん見栄よか、実用取って何が悪いか。」
「わりゅいかvv
 この辺りの感覚が、型破りと言うか唐紙破りと言うか。相変わらず、何物にも捕らわれてない奔放なお屋敷とその方針であるらしい。小鉢も持って来たセナくんで、そちらには賄いのおばさまが色よく煮てくださった、レンコンや小芋が盛られてある。

 「そういや、そろそろ冬至ですね。」
 「そうだったな。」

 旨みの詰まった脂がにじんで来ていい匂いを振りまくお魚さんに、大きな瞳をますます潤ませて。それでも一応はお預けを辛抱中のくうちゃんの頭の上では、お師匠様と書生くんの、呑気な季節のお話が始まっており。

 「とーじ?」

 ひょこり、小首を傾げる坊やへは、
「カボチャ食べたりゆずのお風呂に入るんだよ?」
 セナくんが笑顔で教えて差し上げたが、
「…カボチャはまだないだろう、日之本にはよ。」
「あれ? そうでしたっけ?」
 南瓜ってくらいで、もっと時代が下がってからじゃねぇか? え〜っとぉ? もーりんさん、どうなの?

  ……………………。

 いやはや、時代考証がいいかげんなのは今更ですので勘弁してくらさい。
(笑) 現代の話で片付けるならば、ハロウィンじゃありませんが、黄緑色野菜の代表であるカボチャを食べたり、柑橘成分を絞り出した柚子湯につかったりして、風邪を引かないようにと用心し、厳しくなる冬に備えるのが冬至の行事。ちなみついでに、芋と言えばこの時代には里芋しかありませんで、も少し進むと甘藷、サツマイモが輸入されての荒れ地に広く栽培されますが、ジャガ芋が登場するのは明治になってから。オレンジ色した西洋ニンジンもその頃に入って来るので、時代劇の食事のシーンに出て来る煮付けに、ジャガイモとニンジンのがあったら、それは“ダウト”です、悪しからず。

 「ほれ、焼けた。」
 「きゃうvv

 あつあつのふかふかなアジの身を、細いお箸でそれは綺麗にほぐして、そらあ〜んとお口まで運んでくださるお館様であり、
「ふやはふ、おーし〜vv
 あむあむと味わうくうちゃんが可愛いのはともかくとして、
「何だか変則の二人羽織みたいですね。」
「そっか?」
 若しくは腹にも口のある妖異みたいだなと、要らんことを言って蹴られた黒の侍従様は、今日はまだお見えではなくて。

 “そういや、そろそろ…。”

 蜥蜴のお仲間様たちが、寒を逃れての冬籠もりをされる頃合い。総帥であられるから…というわけではなく、だが。あの黒髪の式神様は どうしてか、どんなに寒くなろうとも、体が動かせなくなっての眠くはならぬ体質なのだとか。セナはあまり詳しいところは聞いていないが、蛭魔の式神だからと無理をしているとか何とか、自然に逆らっている訳ではないそうなので。御身への負担とか何とか、案じなくてもいいらしいのだが、

 “…ってことは、じゃあ。”

 最近になって、セナくんにもやっと気がついたことがあり。でも、それって…。

 「おやかま様、これ、持ってったら メェ?」
 「あ?」

 不意に立った無邪気なお声へ、だが、意味が分からないという声を返されたお師匠様。そんなやり取りに我に返ったセナくんだったが、

 「あいつならもう冬籠もりに入ってんじゃねぇのか?」

 お館様より先に。ついでに…ちょこっと不機嫌そうに、応じてやったお声があって。

 「あいつ?」
 「蛇野郎のこったよ。」
 「ああ。」

 下座に座っていたセナくんのお隣り、お館様からもお隣りになる炭櫃の傍へ、どっかと腰を降ろした彼こそは。男臭くて精悍で、屈強なのにもかかわらず、その身にまとった黒装束が、寒気を染ませてのなお、鋭角に締まって見える君。切れ長の目許や、黙っていると酷薄そうにも見える口許がまた、外気に冷えての重々しく見え。そこへと加えて、馬の合わない誰かさんの話題に、機嫌の角がちょこっと曲がっておいでのようで。これでは少々、お声をかけにくいかなと、まだちょっと小心なセナが…遠慮がちになりつつも、どうぞとアジの身を取り分けた小皿を差し出せば、

 「…ああ。すまね。」

 ふっと破顔した表情に滲んだは、何と温かな笑みだったことか。あやや〜〜〜vv///////っと 赤くなったセナとは裏腹、

 「くう、阿含は呼べば出て来てやると言うておったのだろ?」
 「あいvv
 「あれであやつも律義な男だからの。食わせてやりたいなら持ってゆけ。」
 「あいっvvv

 わざとに嫌がる話題を持ち出して。気に入りのくうちゃんと盛り上がろうとする、意地悪な誰かさんだったりし。一体 何が気に入らなかったものかが、てんで判らないセナくんとしては。せっかくの頼もしい笑顔をたちまち引きつらせた侍従さんへ、ありゃりゃあとばかり、お気の毒にと感じつつ、

 「あ、くうちゃん。」

 早速のお出掛けだいと、小皿を小さな両の手へ押しいただいての。そのまま駆け出しかける仔ギツネさんを呼び止めて。庫裏でおばさまに別のを一尾もらうといいよと、手をつないでの立ち上がる。この場から撤収するための口実にしちゃったこと、こういうことには鋭いお師匠様にはお見通しだったかもだけど。

 “お邪魔するのもなんだしねvv

 だって、気がついちゃったから。だから、お邪魔はいけないいけないvv

 「〜〜〜♪」
 「? せ〜な?」

 妙に機嫌のいい小さいお兄さんに連れられて、くうちゃんともどもの小さな足音たちが去ってゆくと。何故だか広間は急にがらんとしてしまい。炭のはぜる微かな音が響いては、仕切り直しへの間を居残った二人に数えさせてくれて。

 ―― お仲間の見回りか?
     まあな。

 蜥蜴の一門を統べる身の彼は、なのに冬の間を起きて過ごす。生まれた時季が外れていての変わり種。だからだと自分で語ったその時も、さして卑屈な顔をしてはいなかったが、

 「…いいのか?」
 「? 何が?」
 「だから…。」

  冬籠もり、しなくても平気なのかよ。
  言ったろが、そういう体質なんだって。
  でもよ。
  くどいな、何年こうして過ごして来たよ。

 「誰かさんの我儘と付き合う冬の方が当たり前になっちまったから。
  冬が寒いもんだってこと、すっかりと二の次になっちまったしよ。」

  …。
  ま、それも悪くはねぇけどな。
  ………。/////////
  ? どした? 耳、赤いぞ?
  うっせぇよっ。////////
  ?????

 小首を傾げながらも、お前が気ィ遣う方がどうかしてんぞと。またまた要らないことを言ったから、どごぉっと蹴られておいでの侍従様のようだったけれど。

 “あの音じゃあ広間の外へまでは飛んでないな。”

 あぎょんさ…もとえ、阿含さんへのお土産にと、仔ギツネ坊やに持たせる一夜干しを経木に包んでやりながら。今日は手加減されたんだ、気づいてくすすと笑ったセナくんだったりし。手炙りにあたってる訳でもないのにね。主従お二人のちょっとしたやり取りを、見て聞いてしているだけで、不思議なことには…胸の底から何だかホカホカしてしまう。今日も今日とて、そんなお屋敷であるようです。






  ◇  ◇  ◇



 「気がついたの、最近なんですよね。」
 「? 御主
あるじ?」
 「冬籠もりしなくていいってことは、
  葉柱さん、冬の間はずっと独りで過ごしてたってことですよね。」
 「そうなるな。」
 「お強い方だから、寂しいとかは思わないのかもしれないけれど。」
 「…。」
 「寒い中を独りでいるのって、遣り切れないもんでしょうにね。」
 「………。」
 「お館様と葉柱さんと、出逢われて良かったなぁって。
  僕なんかが言うのは生意気でしょうけど、そんなこと思ってしまって。」

 半人前ですのにねと、偉そうですよねと。えへへぇと照れたように笑った小さな御主に、

 《 ……。》

 憑神の武神様、ついつい目許が和らいでしまう。他人の幸いを我がことのように喜べる、それは素直で心優しい君。先々では恐ろしい妖異への成敗をこなさねばならぬ、それはそれは大変な試練が待ってるお人だのに。師匠の苛烈で辛辣なところとは正反対。いつだってこんな風に、やわらかな把握をし、優しい対処はないものかと心悩ます、至って利他的な和子だから。いつかそのせいで深く傷つきはしないかと、そればかりが気になる進だったりもするほどで。気に病む前に不安材料を薙ぎ払ってしまってた、そんな頃に比べてのこの進歩もまた、この優しい御主からの影響の賜物か。

 《 彼らだけではない。》
 「え? あ、そうですね。」

 幸いな出逢いといえば、

 「くうちゃんと阿含さんもそうですよね。」

 頼もしいけど時々どこか恐持てのなさる方だったのが、このごろでは全くの全然、そんな気配が薄くなって…って、


  ―― 進さん? どうされましたか?
      いや別に。
      嘘です。何だか影が薄くなってますよ?
      何でもないのだ御主。


  それよりそろそろ御主の生まれたころではないのか?
  あ、そうですね。去年よりちょっとはお勉強とか進んだのでしょか?

憑神様にあっさりと煙に撒かれているようでは、あんまり進歩はないような気も致しますが。(苦笑)人恋しくなる冬はすぐそこ。どちら様も大切な方と暖かくお過ごしになられての、春の訪れ、どうか笑顔でお迎えになられますように。






  〜Fine〜 07.12.19.


  *そうなんですよ、明後日はセナくんのお誕生日じゃないですか。
   うかーっと忘れていた、浮気者の管理人を、
   セナくんも進さんも、どうかお許しくださいませです。
(びくびく)

  めーるふぉーむvv めるふぉ 置きましたvv お気軽にvv

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